ROLEX DAYTONA /ロレックス デイトナの魅力を余すことなくお伝えします。

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1988年 第1次デイトナ・ブーム

★ロレックス・オイスター・パーペチュアル コスモグラフ・デイトナ ref.16528

デイトナ・ブームのきっかけとなった自動巻きコスモグラフ・デイトナは1988年12月登場。市場に顔を出した途端、人気が爆発し、あっという間に時計店の店頭から姿を消してしまった。生まれながら「幻」の時計の運命にあった。全てクロノメーターとしての認定を受けているというのもロレックス伝統の精度に対する執念の表れだ。★

1988年、ロレックス・コスモグラフ・デイトナの異常ともいえるブームに火がついた。デイトナ・ブームは、瞬く間に全世界の時計コレクターに広がり、昨日までアンティーク・ウォッチ・ショップのショーケースの片隅で小さくなっていた時計が、一夜にして一斉攻撃の対象となってしまった。

「求むデイトナ。高く買います!」「デイトナお持ちの方、ご連絡ください。コレクターが探しています!」こんなコピーがアンティーク・ウォッチ・ショップの広告に、突然、次々と現れ始めた。そして、あれよあれよと言う間に地球全体を覆い、世界中の時計愛好家が、「デイトナ」と言う言葉を呪文のように唱えだしたのだ。中には、凄まじい価格の上昇の話を耳にし格好の投資と考え、にわか時計愛好家になった投資家たちをも巻き込んで、時計市場あげての、てんやわんやが幕を開けた。

発火地点は、例のごとくイタリアだった。例のごとくと言うのは、そもそも1980年代初めにアンティーク・ウォッチがブームになったきっかけがイタリアであり、特にファッション誌「ヴォーグ」が特集したのが衝撃的な始まりだったというのは、有名な話だ。
当時のイタリア人は1人10個の時計を持っていると言われるほど、美食と時計が大好きな国民であった。それほど時計が好きであっても、それと時間を守るということとは別らしく、定刻とか、約束は忘れるためにあると、みんな思っているらしいが・・・そして遅れてもケ・セラ・セラ、気にする風もない・・・

流行という言葉にめっきり弱い日本人に、このデイトナ・ブームが飛び火したのは、世界のどの国よりも早かった。日本でも、アンティーク・ウォッチが注目されてい、特にロレックス人気は安定していたが、それほどデイトナが関心を集めていると言うことはなかった。もっぱらの人気は1930年代のバブルバックだった。
デイトナは誕生して20数年にすぎずアンティークと呼ぶには新しすぎるし、現行モデルとしても販売されていたのだから。ところが、それがある日、突然に騒ぎを起こしたのだった。「デイトナ集団催眠」とか「急性デイトナ中毒」といわれ、時計好きたちも、にわか時計コレクターもデイトナがあると聞けば、東奔西走し、夜討ち朝がけも厭わない、血なまこの争奪戦が繰り広げられた。

クロノグラフがこれほど騒がれたのは、日本では初めてだったに違いない。なにしろクロノグラフという言葉の意味すら正しく理解されてはいなかったのだから。

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